オタの独り言

サブカル好きの似非オタが日々の日常のニュースの中で感じたことを、つぶやいていく・・・そんなブログです
 
 
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ナチスの制服が格好良すぎた!!ってのが、問題の根本としてあるのだ。 









僕自身、似非であっても2次オタだから、リアルなアイドルってのはあまり興味が無い。それでも、まあ、漫画誌なんかを買えば、そこにはアイドルのグラビアが在ったりして、それでちらりと見る程度はしてる。ただ、それだけのことだから、実際、そのアイドルがどんな歌を歌ってるのか?なんて事は興味が無いのは、本音になる。

それで今回の記事になるんだけれども、”欅坂46”ってアイドルグループが、そのコンサートで”ナチス風”の衣装で踊って物議を醸している!!って事らしいのだ。まあ、それで思うことなんだけれども、日本人と西洋人の戦争に対する考え方の相違が、こう言った処にも表れてるんだろうなあ・・・って事なのだ。

確かに、僕自身は、ヨーロッパなんかに旅行もしたこともないし、外国人に友達なんかも居ないから、実際の処、西洋人が第2次世界大戦でのナチスドイツのやり方に対する忌避感情ってのは、実感したことが無い。ただ、何かの拍子にナチス絡みのネット記事なんかを読めば、それなりに、ある種の絶対的にナチスを毛嫌いすることが、人権論として正しい!!ってのが、その論理的な根源論になってるんだと思えるのだ。









無論、ナチスドイツのユダヤ人差別、ホロコーストでの大量殺人なんかを考えれば、絶対的にナチスが正しい!!って風に考えるのは間違っているのは言い切れる。つまりは、ナチスをどんな形であっても賛美することは間違っている!!って事になって、結果、ある種のアレルギーとしての、”坊主憎けりゃ袈裟まで憎い!!”的な”ナチス抹殺論”になってしまっているような気がするのだ。

つまりは、どうやら見送られたようなんだけれども、数年前に外国人旅行客増加政策の絡みで、日本の地図記号から、お寺の印である”卍マークを変えろ!!”って議論があったのを思い出すのだ。確かにお寺の卍のマークとナチスドイツのハーケンクロイツってのは、形的に似ているのは間違いない。それでWikiなんかを軽く読むと、どうやら世界各国で同じようなマークが使われていて、それは、単純にイメージの図式化だから、古今東西、人間のロジックってのは、そう変わらず、自然発生的に生まれた!!ってのが言えるらしいのだ。









逆に言えば、ナチスドイツの”カギ十字”自体、そう独創性のあるマークだ!!とは言い難いモノがあるのだろう。タマタマ偶然にナチスドイツが、そのマークを使った!!ってだけで、仏教なんかで使っていた卍マークの方が、ざっくり言えば、起源的に古いのだから、その部分で、結果、そこまで西洋人のナチスアレルギーの付き合う必要はない!!って事で、地図記号の卍マークは残された!!ってのがあるんだと思う。

つまりは、僕が言いたいことは、何もかも、ナチス関連に似てればなんでも否定すればいい!!ってのは、どこか行き過ぎだ!!って事なのだ。ただ、今回の判断に難しい部分は、タマタマ衣装のデザインがナチスに似ていただけなのか?ってなると、そこは違う!!って事になって、そうなれば、その衣装を着るのはナチス賛美につながっていくか?って事になるのだ。

なぜなら、今回のアイドルグループの衣装自体、デザインとして、ナチスの軍服をどこかしら意図した部分があるのは間違いない!!と感じるのだ。そうなれば、その意味合いを考えれば、安易に、そのデザインの衣装を着てしまえば、特に西洋人からすれば、”ナチス賛美だ!!”って論法につながっていくのだろう。やっぱり少しでも、ナチスにつながるモノを排除することで、ナチスが犯したユダヤ人迫害を認めない!!否定する!!ってことを表したい!!ってのがあるのだろう。だから、今回の衣装問題も、そのロジックで考えれば、”着るのはマズかったのではないか?”って風には思えるのだ。








ただ、その論法が判りながらも、別の感覚として、”格好良さの追求としてのナチス風デザインの肯定!!”ってのも僕の中にあるのは間違いないのである。なぜなら、敢えて、批判されるのを判って言ってしまえば、ナチスのそう言ったデザインってのはある種の完成系のデザインであって、デザイン自体の素晴らしさってのは否定できないである。

つまりは、今回の衣装も、あくまでも”ナチス風”であって、ナチスの制服、その物ではないのは間違いないのだ。それなのに、それを観れば”ナチスだ!!”ってイメージ出来てしまえるのはナチスの制服自体が、ある種の洗練さを帯びた完成されたデザインだった!!ってのが言えるのだろう。だから、簡単に言えば、それを観て直感的にナチスだ!!って認識できる!!って事は、それだけ、ナチスのそのデザインは他の制服デザインとは一線を引いたデザインだと言えて、その部分で独自性がある!!って風に言い切れてしまえるのだ。

故に、例えば、日本の自衛隊だって、アメリカの軍隊だって、制服ってのはあるんだけれども、ナチスの制服と比べれば、どこか野暮ったさがあるのは間違いないだろう。言い換えれば、こうやって日本やアメリカを引き合いに出しても、”ああ・・・あの制服か・・・”って思い出せる人は、ミリタリーオタクの人でない限りには、少ないのではないだろうか?しかしながら、ナチス風!!って言えば、直感的に大半の人は、”ああ・・・あのデザインだ!!”って風に感じることができると思うから、それだけ、ナチスの制服のデザインってのは優れているのは否定できないのではないだろうか?









そして、ここからある種の安易なアイドル論になってしまうんだけれども、僕自身、最初に書いた通り、3次元アイドルに興味は無くて、CDや写真集なんかを買ったことも無ければ、握手会なんかも言った事も無いんだけれども、秋元氏のアイドル論って言うか商売論ってのは興味が在って、ザックリと読んだって言うか目を通すことはそれなりになる。

そうなれば、判ることは、秋元氏の”アイドル商売論”として、秋葉原と言う特殊な地域属性に併せて”AKB48”を作り、そこから、”ご当地アイドル”ってカテゴリを作り出し、結果、その地域属性に併せて、様々なアイドルグループを生み出した!!ってのが、詳しく本なんかを読まなくても、その商売方法として誰しもが気づいてる事だろう。

そして、今回の”欅坂46”であるが、これまたAKB48の対立軸として作ったアイドルグループで、AKB48が”可愛い女の子のキャプきゃぴとした集まり”って事に対する”別解”として、”アイドルのアーティスト化売り”ってので成立したグループなんだと思うのだ。そうなれば、”キャピキャピとした可愛いさ”の対立構図としてのクールさ!!のを売りにしなければならないグループなのだろう。







だから、秋元氏の商売の方法論として、AKBグループと言う”ブランド”を構築しておいて、敢えて、ドラスティックに表現すればアイドルオタクのすべてから、金銭を搾り取るためには、”AKB的可愛さ”を売るだけのグループだけでは、そのニーズを100%満たすことが出来ない!!ってのがあって、結果、”欅坂46”のようなグループも作り出したのではないか?とぼく個人は感じるのだ。

そうなると”欅坂46”のコンセプトってのが、AKBには無いクールさや格好良さ・・・につながっていくのだから、そうなるとその衣装もAKB風じゃ対立構図にはならないのは間違いないと言えるのだ。同じようなデザインにしてしまえば、”それならAKBで良いんじゃない?”って事になって、客層を喰い合うことになるのだから、”アイドルは好きだけどAKBの媚び媚びアイドルはちょっと・・・”って言う客層を奪うためには、それなりに、その衣装も、クールなイメージってのが必要になってくるのは間違いないだろう。

そして、ある種AKBグループの特色って言うか、モロさって言うか・・・なんだけれども、敢えて言ってしまえば、”バラ売りじゃ、商品価値が低下する!!”ってことなのだ。これはあくまでも個人的な感覚で、ファンの中には、”グループを卒業して単品売りで女優やアイドルになっても、その個人を応援し続ける!!”って人も居るだろうから、絶対的に正しいとは言えないんだけれども、でも、僕個人としては、”あくまでもグループ売りだから、人気がある!!”って風に思っているのだ。









だから秋元氏もAKBグループから独立して単品売りし始めた女の子を、アイドルとしてプロディースしている!!ってのは無いのだろう。つまりはグループだから商売になるのであって、単品じゃ、売れ行きが悪いから、そんなコストの悪い営業は出来ない!!って事で、グループ売りをして、結果、うまく商売になっている!!ってのが言えるのだろう。そうなればAKBグループのコンセプトとして”グループ売り”ってのがあるんだと思えるのだ。

それでやっと、今回の話につながっていくんだけれども、その衣装ってのは、制服をコンセプトにするのが、グループ売りを印象付けるのに手っ取り早い!!ってのがあるんだと思えるのだ。制服ってのは集団が着るものだからこそ、AKBのグループ売りのコンセプトにマッチするのだろう。そして制服には様々なバリエーションが在って…ってのが言えて、本来は学校の制服を、そのモチーフにすれば良かったんだけれども、今回の場合は、ハロウィーンってことで、西洋風・・・って事になって、凝ったデザインを!!ってのが、その演出家のオーダーになったんだと想像できる。そうなればAKBのコンセプトと被らない制服で・・・って事になって、結果、今回はナチスのデザインに行き着いてしまった!!ってのがあるんだと思うのだ。

だから、思うんだけれども、単純に”欅坂46”のコンセプトである、クールな優等生!!ってイメージとナチスのクールなデザインとが単純に合致してしまったのだろう。言い換えれば、もし、AKBがそのコンサートを行うのであれば、今回の衣装をデザインしたか?って事になれば、”AKBのイメージとはちょっと違うよね・・・”ってことでスルーしたんだと思えるのだ。








つまりは、言いたいことは、本来は”ナチスドイツの存在悪論”に基づいて、ナチス風のデザインってのは忌避するべきだったんだと思う。しかしながら、ナチスのデザイン自体が、デザインのみの側面において、優秀であったために、欅坂46のコンセプトと相まって、”使いたいデザインモチーフ”になってしまったんだと思えるのだ。

だから、ナチスの制服のデザインの優秀さ自体は否定できないのではないだろうか?つまりは”ナチス絡み”だからこそ忌避するべきデザインになってしまっている!!ってのが言えてしまって、そのデザインの優秀性と、それに”連想ゲーム的”に付加してしまったナチスの意味性を、分けて考えるか?それとも、デザインの優秀性が在っても、ナチスの連想性が染み込んでしまったのだから、不可分なものとして、そのデザインそのものをタブー化するべきなのか?の判断が迫られるものになってしまっている!!ってのがあって、だからこそ、難しい問題だと思うのだ。

今回の場合は、特に、日本自体、その地域属性として、ユダヤ系の居住人種が少なく、また第2次世界大戦の”具体的”歴史観ってのが、世代として認識が薄くなって、ナチスの制服のデザイン性の優秀さのみを優先してしまった結果として起こった問題なのだろう。本来は、どんなにデザインが格好良くても、そのナチスへの連想性を考えれば、そのデザインを拒否するべきだ!!ってのがあるんだけれども、デザインそのものの魅力を否定する!!ってのも、その芸術性を否定することになって、判断が難しい!!と思うのだ。

トラックバック先
Yahooニュース:欅坂46、「ナチス風」ハロウィーン衣装でネット炎上
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161101-00000001-jij_afp-ent









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表現の自由の問題よりもコンビニと市の癒着をそこに感じてしまうのだ 











僕自身、今の身分は引きこもりニートだから、お金も無く、結果、本類は特に古本屋さんに頼っている。それに、まあ、ブッチャケの話、読む本や漫画やラノベ、ハードカバーに新書、流行本、ハウツー本まで、興味本位でペラペラとめくって読む乱読派で、何が読みたいから買う!!ってよりも、適当に古本屋の中を歩いていて、目に入った背表紙が気になれば手に取りペラペラめくり、後は財布の中身と相談して買い物かごに放り込む!!って買い方なのだ。

だから、まあ、こう言ってはなんだけれども、あるコーナーばかりに居るのでは無くて、出来る限り隈なく、その本屋さんの中を徘徊して・・・ってのが大体のパターンなのだ。それで、まあ、思い出すんだけれども、最近は特にアダルトコーナーってのは、黒いイカガワシイ暖簾が掛かってて入り難くなっている!!ってのを感じる場合がもう定番化しているような気がするのだ。










これは何も古本屋さんだけじゃなくて、PCのゲーム屋さんや、アダルトグッズを扱うディスカウントストアなんかも含めて、全体的にそんな流れってのがあるような気がする。まあ、2020年に東京オリンピックがあって、それで世界中から観光客が来るから恥ずかしくない日本にする為!!ってのが言えるのかもしれないが、そんな事よりも、単純にここ10年20年の風潮として、未成年者からアダルトなモノを遠ざけよう!!って風潮が社会的にあって、その結果なんだと思えるのだ。

つまりは性犯罪やサイコパス的な犯罪が増えれば、マスメディアの取り上げ方で、犯人はアニメ好きな変質者でアダルトAVも収集してた!!的な感じで、ある意味ステレオタイプに、その犯人像を”決め打ち”して報道してしまう!!ってのがあるから、結果、それに過剰か?どうか?は別にして、対応するために、”アダルトコーナーは別枠!!”的な流れが小売りの中で出来上がったんだと思うのだ。









その流れで、今回、大阪府堺市があるコンビニ企業と協定を結んで、いわゆる”エロ本”に目隠しカバーを付けた!!って事になったらしいのだ。まあ、ブッチャケの話、そう言ったタグイの本ってのはAVビデオなんかと同じで、表紙にはハダカの女の子の写真なんかがバンバンと載ってるのだから、その部分で、完全18禁モノであるのは間違いないだろう。そうなれば、やっぱり、女の子と一緒にコンビニに行った時、チラリと観てしまうと、気まずくなる時もあるから、コンビニって言う店の業態を考えれば、ある意味、”置かなくても良い”商品なのかもしれないのだ。

しかしながら、まあ、それでも、それなりの場所をそう言ったタグイの本のコーナーとして別枠で完全に取ってるのだから、それなりの売り上げはあって、廃止してしまうと、売り上げが下がってしまうから、結果、置かざるを得ない!!って部分もあるんだと想像はしてしまう。つまりは、その場所に置いて売り上げ的に”美味しい”から、コンビニ自体も、”店のイメージにそぐわないから、エロ本を排除する!!”って動きには成り難いんだと思うのだ。








だから、今回、またそこから一歩踏み出して”目隠しカバーを付けてしまえ!!”って事になったんだと思えるのだ。それで、まあ、僕自身、その現物を観てないから、なんとも言い難いんだけれども、記事の添付画像からすれば、どうやら、タイトルにあたる部分は透明で残りを緑色のカバーで覆いかぶさせるモノらしいのだ。そうなれば、やっぱり、その本の雰囲気が判らないから、結果、食指が動かくなくなって、その売り上げってのはダダ下がりするのは予想できるのだ。

そうなれば、その業界からすれば、コンビニでの売り上げがそれなりにあるとすれば、結構大きな打撃になると思うのだ。だからこそ、今回、その業界から、”表現の自由を侵すものだ!!”ってことで、記事になっているのである。まあ、表現の自由云々をお題目にしてるんだけれども、実際の処は、”売り上げが下がってオマンマの食い上げになるから・・・”ってのが、そのホンネなんだと思うのだ。








それで、僕個人の考えなんだけれども、ある意味、こう言ったアダルト規制ってのは時代の潮流だから、それなりに行われても仕方が無い・・・ってのがあるのだ。ただ、だからと言って、なんでもかんでも目くじらを立ててある種の”無菌状態”にして良いか?ってなると、それにも抵抗があるんだけれども、実際、インターネットがあって、すぐにアダルトなんかは検索できる時代が来てしまっているのだから、そこから考えれば、”住み分け”じゃないけれども、アダルトが完全違法のアングラにならない程度に、その販売チャネルってのは、ネット中心になっていくのは、それなりに当然の流れになるよう気がするのだ。

つまりは、僕自身は”男の子”なんで、まったく”エッチな本”が無くなる!!ってのは寂しくて、どんなに”情操教育に悪いから!!”と言って、完全否定するのは、過大なアレルギー反応だと思っている。それに今の時代、簡単にネットさえあれば、それなりのアダルトな情報は手に入れられるのだから、その部分で、アダルトに対する今の社会的な反応ってのは、少しばかり過剰過ぎるアレルギー反応だ!!さえ思っている。








ハッキリ言えば、中高生で”赤ちゃんはコウノトリが運んでくる!!”ってのを信じている割合ってのはほとんど皆無だろう。そう考えれば、そうやって隠して未成年に対して無菌状態を作り出そうとするのはあまり意味が無いんだと僕自身は考えているのだ。ただ、なんて言うか、リアルな日常の中で、タマタマ偶然にその前を女の子と一緒に通り過ぎる時、ヘンな視線で女の子に視られたくない!!ってのがあって、そう考えれば、コンビニにエロ本を置くのは、マナー的にマズいような気がして、結果、まあ、今回の目隠しカバーは、それなりに賛成で、”欲しければ、そんな商品を扱ってる本屋さんにコソコソと買いに行くのがベスト!!”ってふうに思っているのだ。

だから、社会からエロ本を根絶すれば良い!!ってのは行き過ぎなんだけれども、それなりにTPOがあって、コンビニにエロ本を置くのは、止めた方が良いんじゃないかなあ?ってのが僕の意見で、結果、今回の目隠しカバーに関しては、その業界の売り上げなんかを考えなければ、それはそれで良いんだと思うのである。ただ、引っかかるのは、堺市がどうやら目隠しカバー代を、議会を”通さず”に市の予算から出した!!って事に対して事に対しては疑問を感じるのだ。









つまりは、なんて言うか、表現の自由であるとかそんな問題じゃなくて、”エロ本は社会的に恥ずかしいモノ!!”ってお題目がマズあって、そのお題目で勝手に行き過ぎる規制になっていく部分が感じられて、そこに問題があるのだ。それは今回、エロ本だから、まあ、社会的に通っていくんだと思うんだけれども、これが、アダルトな漫画になって、一般のエッチ系の漫画になって、官能小説になって、そこから、だんだんと、最終的には思想規制になって・・・ってふうに行き着いてしまう第1歩になると思うと、かなりの抵抗があるのだ。だから、本来は、もし議会で決定して予算がつけられたなら、ある意味、それなりに僕個人として”ああ・・これが社会の風潮なんだ・・・”で納得できる部分があるんだけれども、勝手に議会を通さずに、市役所内の仕事として予算が付けられて実行された処に問題があるんだと思うのだ。

つまりは何がアウトなのか?ってのは、一応は・・・であっても、議会と言う承認機関があって、そこでクリアしていくのだから、その部分で、”どんな本を規制していくか?”ってのは、それなりに議会で決定されていく流れってのがあって、そこで”行き過ぎた規制”ってのはお題目として行い辛いんだと思うのだ。しかしながら、今回のように市役所の一部門が、”都合の良い道徳論”だけで規制されれば、何を以って規制されるか?のラインが曖昧になって、極端な話、思想検閲につながっていく怖さをウッスラと感じてしまったのである。

それにブッチャケの話、今回の規制ってのはファミリーマートと言うコンビニでも1つの企業と堺市の協定で・・・ってなると、本来は、こう言った規制は店側が”自腹”で行わなければならないのに、堺市が出す!!ってなれば、エロ本の売り上げが下がる分だけ、その目隠しカバー代として、”損失補てん”を堺市がしてしまっている!!可能性ってのを僕個人は邪推してしまうのだ。もっと言ってしまえば、そんなにエロ本ってのは売れる訳でも無い!!ってのがあれば、逆にカバー代だけファミリーマート側が儲かってしまっている可能性だって考えてしまったのだ。そうなれば、完全な邪推として”市役所側にカバー代のキックバックさえあるのではないか?”と思ってしまったのである。












だから、カバー代として、記事では95万円を堺市は計上している!!らしいんだけれども、堺市のファミリーマート全体で一体何冊のエロ本があって、カバーはそれに対して1冊当たりいくらで・・・ってのが、議会を通してない分だけ曖昧で、結果、僕個人はそこに疑惑を感じてしまうのだ。もっと言ってしまえば、”ファミマでカバー代を出してもらえるなら、ウチのコンビニだって出してほしい!!いや、街の本屋なんだけれども、ウチも欲しい!!”なんて事になって、その予算ってのは膨大になっていくのではないだろうか?それで予算オーバーの話になっても、”なら、なんでファミマには出してウチには出してもらえないんだ!?差別だ!!”って事になって、結果、税金の既得権益化が始まるような気がしてならないのである。

95万円って額に対して、議会を通さなくても大丈夫な額なのか?どうか?って問題もあって、そのギリギリを狙ったのかもしれない・・・ってふうに感じるほど、議会を通さずに1つの企業に予算を付ける!!って行為は、僕にとっては、引っ掛かりを感じてしまう部分になるのだ。その辺りをきちんと堺市は議会にも市民にも釈明して、その目隠しカバーはどこでどんな経緯を以って購入してファミマに収めたのか?きちんと説明する義務があるんだと僕は感じるのである。

トラックバック先
Yahooニュース:コンビニ成人雑誌に「目隠し」、堺市の取り組みに雑誌業界が「表現規制だ」と猛反発
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160405-00004508-bengocom-soci









選挙対策ようにタレント候補を擁立しなくても、きちんとした人なら蓮舫氏に勝てる!!と思うのだ 











最近はTVニュースなんかを観てると、衆参ダブル選挙はあり得るのか?ってのが、何かの拍子に出てきているように感じている。まあ、自民党が選挙に勝つためには、消費税アップ直後の選挙はあり得ないから、結果10%になるのは先送りされるだろう!!なんて、選挙に絡めて、事案を考えていく!!ってのが、大体のパターンで、実際的に民主党とナンチャッテ維新の合併も選挙を視野に入れて・・・・ってのが言えて、政党名も”進”の字を使って、”私たちは維新の傍流です!!”的なイメージで選挙対策をしてるのではないか?と感じる部分さえあるのだ。

ただ、まあ、実際の話、いつ選挙が行われるか?ってことになると、きちんと日程が言える人なんか少ないように思える。厳密に何月何日か?なんかのレベルじゃなくて、何月ごろの話なのかなあ?のレベルで押さえられている人ってのは、結構居ないような気がするのだ。僕だってブッチャケの話、”選挙だ!!選挙だ!!”ってことで、こうやってブログを書いてるんだけれども、”ええっと・・・6月の話?それとも8月?ええっと・・・9月?”なんて曖昧な部分があるのは間違いないのだ。










つまりは夏のイメージがあるんだけれども、でも、実際的には、何月なの?って事に対しては、良く判ってないのが僕個人の感覚なのだ。それにもっと言ってしまえば、ノーテンキに3か月や4か月後の選挙の話で盛り上がっていても、実際、それまでに片付けるべき話ってのは盛り沢山ではないだろうか?北朝鮮からはミサイルが飛んでくるし、アメリカの大統領選挙もあって、IS問題は片付いておらず、国内だって保育園問題やオリンピック問題、消費税なんかの問題が山の如くあるのは間違いないだろう。

そう考えれば選挙の為にどうするか?なんて話よりも目の前にある話を如何に片づけていく事が出来るか?ってのが政治家の手腕になっていくのではないだろうか?それなのに、選挙に浮かれている政治家の姿を観ると、”ああ・・・こいつらは、選挙にさえ通れば、後の問題はどーでも良いんだなあ・・・本当に無能なんだなあ・・・”なんてことを感じてしまうのだ。そう考えれば、マスメディアも選挙の話題を持ち出すのは早過ぎて、もっと選挙を絡ませずに、純粋に政治の事を考えるように風潮を作っていくべきだ!!って僕は思うのだ。








ただ、まあ、選挙に新規で出馬する!!ってなると、もしかすると今頃から準備する必要があるのかもしれない。既存の政治家であれば、後援会なんかがあって、本人が具体的に活動しなくても、それなりに、”根回し”なんかが為されてて、結果、選挙活動期間中だけの運動でどうにかこうにかなるのかもしれないが、新規で出る場合は、そんな後援会作りや事務所の設営、根回しなんかを考えれば、それなりに時間は必要で今頃から行っても不思議ではないのかもしれない。

それに日本の場合は”比例区”もあって、その為に政党はそれなりに”比例区は○○党に!!”なんて選挙活動をしたい為に、その宣伝になる広告塔としてタレントなんかの有名人をスカウトする!!ってのがあって、そうなると、その有名人のTVなんかの出演なんかを考えれば、スケジュール調整なんかが必要になって、結果、”もうソロソロ、スカウトの根回しをしなければならない”時期に来ているのかもしれない・・・ってのがあるのかもしれない。










そして、やっぱり日本の政治ってのは、多数決の民主主義政党政治で、その部分で、如何にして政党として議席数を稼ぐことが出来るか?ってのが有って、結果、比例区用のタレント候補を誰にするか?って話が出てくるのは、最近の”タレント候補乱立選挙”のパターンなのは間違いないだろう。つまりは、国民の選挙行動として、訳の分からない政治家よりも”あのタレントさんなら知ってる!!TVの時のイメージも良い!!”ってことで、投票してしまう!!ってのがあるから、結果、如何にして”広告塔を探してくるか?”ってのがある種政党選挙のポイントになってると思うのだ。

特にこう言ってはなんだけれども、そうやって擁立されたタレントってのは、国会議員になることが目的で合って、国会議員になって具体的にどうしたいか?って部分がどこか希薄で安易な感じを僕個人は受けてしまうのだ。逆に言えば、そんなタレント候補は比例区で地盤を持たないから、ワンポイントリリーフで、政党の議席数を得るためだけに存在する”お人形”なのだから、政党本体からすれば、”議席数を稼いでくれて、なおかつ、言いなりになってくれる使い勝手のいいロボット!!”って感覚で扱っているように思えるのだ。









それで今回の話なんだけれども、儒民党の安倍首相が、民進党の蓮舫議員の事が嫌いで、その嫌がらせの為に、その立候補予定区に、タレントの壇蜜氏を立てて、邪魔をしようとしてる!!ってニュースを読んだのである。まあ、僕自身、安倍首相と蓮舫議員のどちらに票を入れたいか?ってなると断然、安倍首相頑張れ!!ってのがあるし、民進党自体に対しても、ある種の拒絶反応に近い拒否感があるから、その部分で”蓮舫議員なんか落ちればいいのに・・・”なんて思ってしまう部分もあるのは間違いないのである。そう考えれば、対立候補にインパクトのある人を立てて落してしまえ!!ってのは、判らないも無いのだ。

しかしながら、それで良いのか?自民党?っての感じる部分もあるのは間違いないのだ。どんなに蓮舫さんが嫌いで、徹底的に意地悪したくても、選挙対策だけでタレント候補を擁立する!!ってのはどうなのか?って思うのだ。確かに先ほど書いた通り、比例区は政党の意向に添ったロボットであるべきだ!!ってのがあって、結果、地盤なんかの兼ね合いも無い、大衆に判り易いタレント候補の方が選挙に勝てる!!ってのがあって、それを許しているのだから、それを利用して、蓮舫さんに壇蜜さんをぶつければ良い!!ってのは、何かやっぱり、引っ掛かりを感じるのだ。









つまりはタレント候補に対して、”表面的”には、”日本の事を想う気持ちがあって政治的にも頑張れる人だからスカウトしました、それが結果的にタレントさんでした!!”的なお題目があって、選挙対策だけでタレント候補を引っ張って来ました!!なんてことは、実質、国民すべてが判ってても、”口に出してしまうとアカラサマ過ぎて嫌になるタブー理由”として触れないでおこうとする”アンタッチャブル”ネタとしてあるのだろう。

それなのに、こうやって記事になってしまえば、そのアンタッチャブルさが完全に露出されることになるのだから、結果、”壇蜜氏の擁立はあり得ない!!”って風になっていくのだろう。言い換えれば、もしかすると、この記事のネタ元は、本気で擁立されると困る蓮舫氏側からのリークした可能性まで僕個人は邪推してしまったのだ。それだけ、選挙ってのは日本の政治の為に頑張って欲しい!!ってお題目を表面的に国民自身が信じたいから、国民自体、そんな選挙対策のタレント候補擁立に対して、本当の部分は透けて見えてるくせに、そこをスルーして誤魔化してしまっている!!ってのがあるように思えるのだ。









つまりは、漫才なんかで本当は笑えないのに、”ここで笑うのがお約束だから、笑わなければならない!!”的な要素があって、それで笑ってる!!みたいなものと選挙のタレント候補に対するスタンスが同じような気がしてならないのだ。だから、選挙に勝つためにはインパクト重視で誰でも良い!!ってノリでタレント候補を探した!!ってのがアカラサマになれば、そこに気持ち悪さを感じてしまう!!ってのが日本の国民感情で、逆に言えば、こうやってアカラサマにならなければ、一縷の望みを託して、”実情は判ってるのに、判らないふりをして、タレントが日本の為に頑張ろうとしてるのだから、それを応援して投票する!!”なんて事になっている!!ってのが言えるのではないだろうか?

だから、国会議員は日本の為に頑張る!!って幻想があって、それを信じたい!!ってのが国民感情にあって、観たくないモノに対して目をふさいでいる現実があって、だから、こうやって、その現実の一端を見せつけられると、”そんな候補者を擁立しようとする自民党は信じられない・・・”って事になっていくんだと思う。故に、逆に言えば、こう言った記事が出なければ、もし、本当に壇蜜氏が立候補した場合、”おお!!ものすごい奇策!!でも蓮舫氏よりもマシかもしれない・・・”ってレベルで、素直に受け入れていた可能性だってあるように思えてならないのだ。











そういう意味で”鏡面的な正義や道徳論を信じたい日本人”って心理が、今回の状況を作り上げているような気がするのである。逆に言えば、本当に日本とって有用な政治家を選んでいく選挙に対して、日本人は、”タレントで釣ろうとしている下品なやり方!!付き合ってられるか!!”ってふうに、その状況を見透かして、拒否する冷静さが必要ではないだろうか?表面的な道徳論なんかを盲目的に信じて、そうすることで、自分自身が道徳心ある人間であると思い込みたい!!ってのは僕の中にもあるんだけれども、その感情で、本質から目を背けている部分ってのがどこかあるように思えて仕方が無いのだ。

無論、タレント候補の中でもきちんと勉強して日本の為に頑張ろうとしている人だって中には居るだろう。だから安易にタレント候補=NG!!とするのも良くないのは間違いないのだ。でも、そんなタレント候補ばかりでは無い事も事実で、その見極めをきちんとドライな視点で判断する必要がこれからは特に必要になって来てるんだと思うのだ。それに壇蜜氏自体、このような状況になれば、当然ながら、タレント生命を掛けてまで選挙には出ないだろうと予想する。そう考えれば、選挙対策用の候補者擁立!!ってのは、自民党も考え直すべき時期が来ているような気がして、きちんとした候補者であれば、蓮舫氏に打ち勝つ時代が来てるんだと僕は考えるのである。

トラックバック先
Yahooニュース:壇蜜を自民党が参院選擁立へ
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160403-00000000-tospoweb-ent











単位認定取り消しと卒業認定取り消しはイコールじゃないんだと僕は考えてるのだ 












今日は4月2日。学生で考えれば”春休み”であろう。この春休みってのは結構、学性って身分を曖昧にさせる期間なんだと思える。無論、中学1年生や高校2年生なんかで、この春からも同じ学校に行く!!ってなれば、宿題なんかが無いだけで夏休みや冬休みと変わらない長期休暇になる!!って事が言えるんだけれども、例えば、中学3年生や高校3年生で、卒業式が終わって、この春からは高校や大学に行く!!って事になれば、その”身分”ってのはものすごく曖昧になるのだ。

つまりは、例えば、中学3年生で卒業式を迎えて、あと数日で高校に通う学生からすれば、今の期間ってのは中学生でも高校生でも無い期間で、ある意味、曖昧な身分であることを意識する場合があるんだと思うのだ。ただ厳密で考えれば、学生ってのは、その3月31日まで、それまで通っていた学校に在籍していることになるらしいのだ。つまりは、極端な例で言えば、学校の卒業式を体験しても、3月31日までは万引きをして捕まったりすれば、それまで在籍していた学校に連絡されて学校で処罰される!!ってことが言えるのだろう。










僕自身は恥ずかしながら、卒業式さえ終わってしまえば、その学校とは、言葉は悪いが”縁が切れる”モノだと思っていた。つまりは例えば3月15日に卒業式に出て、翌日の16日に犯罪を犯したとしても、その学校からはどうこう言われる事は無いんだと思っていたのである。だから、今回、中学生を誘拐して監禁した犯罪者に対して千葉大学が、卒業式後に、その卒業を取り消して、除籍処分にして放校してしまう!!って流れに対しては、ある種の大学側の”切り捨て論”に感じられて、批判する立場であったのである。

そうしないと、例えば、大学を卒業して何年か後に大きな犯罪を犯してしまったとする。その場合、大学は、その犯罪を理由に、時間を巻き戻して除籍処分が出来るか?って事になるからなのだ。卒業してから数字は除籍OKで数年後は除籍不可能だ!!なんて論法はあまりにも曖昧とした論理になるから、そうなれば、卒業した時点で、その卒業は取り消すことは出来ない!!と考える方が、僕にとっては判り易かったのだ。だから、”卒業したのに、犯罪を理由に巻き戻って除籍して卒業を取り消す!!”って大学の流れに対して反感を感じたのである。









しかしながら、3月31日まで、その大学の生徒だ!!ってのが原則論としてあるなら、ある意味、僕の感覚ってのは間違ってるんだと自覚したのである。なぜなら、その論法であれば、本来は3月31日の23時59分59秒まで在籍で、24時00分にキッカリと卒業証書を渡して卒業させる!!ってのが”論理的に時間概念から考えた最も合理的な卒業のタイミングだ!!”ってことになるだろう。しかしながら、実際的には卒業生は大量に居るから、その時間、同時に渡せないし、それに深夜ギリギリの時間に卒業式を行う!!ってのはあり得ない話になっていくだろう。

だから、まあ、卒業のタイミングは3月31日の深夜23時59分59秒までなんだけれども、実務面においてあり得ないから、3月中旬に卒業式を行う!!ってことになったんだと思うのだ。そういう意味では卒業式ってセレモニーを先にしてるだけで、卒業式を終了させたからと言って、理論的にはまだ卒業してない!!って考えた方が間違いが無いのだろう。そう考えれば、3月31日の深夜まで、大学は学生に対して処罰する権限があるのだから、結果、今回の監禁犯に対して、その罰則を適用して卒業を取り消して除籍放校処分にしても問題は無いんだと思うのだ。









だから3月31日に大学はそうやって処分を発表した!!ってことなんだけれども、これが例えば4月1日に処分を発表した!!ってなると、その学生に対する大学の処分権限は3月31日に消滅してたのだから、その処分は無効になって、大学側の方が間違ってる!!って事になるんだけれども、でも、ギリギリであっても、その処分有効期限内の発表なのだから、僕は大学がその権限を行使するのは、何も間違いではないんだと思えるのだ。

そして、今回の記事であるが、教育評論家の尾木直樹氏が、本人も処分可能だ!!と判りながらも、”犯罪と四年間学んだ実績とは切り離すべきじゃないのでしょうか”とブログに書いて議論になってる事に対して、僕は、どうもこの尾木氏の感覚に合わないから、書いてみたくなったのである。つまりは、卒業してある種中途半端な時期に逮捕されたから、こう言った問題が発生したんだけれども、例えば大学3年生の春休みにこう言った事件を犯したことが露見して逮捕された場合、大学が除籍放校処分を出したとしても、誰も何も疑問に思わなかったのではないだろうか?ってことなのだ。









そうなれば、卒業式を経験したんだから・・・ってことで、卒業を認める!!ってことになれば、3年生の時はアウトで4年生の春はセーフだ!!ってのは、何かおかしく思えるのだ。無論、確かに、その大学で学んだ事実があって、それを否定するのはおかしい!!ってのも判る。しかし、卒業認定するか?どうか?ってのは大学の権限で、大きな犯罪を犯せば、放校処分を決定するのは当然だろう。そして学んだ実績ってのは何も卒業証書の授与では無くて、その大学の単位認定として認めれば良いんだと思えるのだ。

つまりは、何らかの理由で大学をドロップアウトする!!ってのは何かの拍子に聞く話ではないだろうか?今の時代、学費が払えなくて・・・なんてこともあって、ドロップアウト組が何人か居てても不思議ではないだろう。しかしながら、そんなドロップアアウト組が再び大学で学びたくて、何らかの形で別の大学なんかに再入学した場合、その単位のいくつかは認定されて理由出来るのは、ご存知の通りだろう。

そう考えれば、尾木氏の”犯罪と四年間学んだ実績とは切り離すべきじゃないのでしょうか”ってのは、学んだことと卒業がある意味連続して同一のモノとして認識されている!!って事が言えて、そこに僕は違和感を感じてしまったのだ。つまりは”学んだ実績”ってのはあくまでも単位認定だから、それを無かったことにする!!って言ってるのでは無くて、卒業を取り消して除籍放校処分にする!!ってことなのだから、学んだ実績までは大学は否定してない!!ってのが言えるのでは無いだろうか?












つまりは、もしこの犯人が刑務所なんかから出所して来て・・・まだ裁判も始まってないのだから、こう言った書き方は問題があるんだとは自覚してるんだけれども・・・・再度、大学に入学し直すなら、今回の千葉大学で”学んだ実績としての単位”は認定されて、その大学での卒業単位に算入されるのだから、その部分で尾木氏の考え方は、”学んだ実績まで否定される!!”ってことになるんだけれども、そうでは無い!!ってのが言えるのではないだろうか?

このは犯罪の被害に遭った方やその家族の方の気持ちを考えれば、”除籍放校処分は当然!!”なんかの感情論はあるんだと思うが、そんな感情論では無くて、純粋に”犯罪を犯せば除籍もあり得ます!!”ってルールが存在していて、そのルールの適用として今回の除籍の話が出ているのだから、逆に言えば、除籍しない方が、今後、”あの時は除籍権限があったのに除籍しなくて、今回は除籍する!!何かおかしくないか?”なんて犯罪者にとって都合の良い論法が生まれる可能性さえあるのではにだろうか?そういう意味で被害者に成り代わって与える感情論としての罰則としての除籍では無く、厳密な罰則適用ルールとして、単位認定取り消しでは無くて、卒業取り消しであるなら、それは大学側の正しい罰則ルールの運用なんだと僕は思えるのだ。

トラックバック先
Yahooニュース:尾木ママ、寺内容疑者の学位取り消し処分に異議「犯罪と四年間学んだ実績は切り離すべき」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160402-00000025-sph-soci











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